【群馬県立館林美術館】(2000)

第一工房の設計による群馬県立館林美術館は館林駅から車で10分ほどの場所にある。

設計:第一工房
所在地:群馬県館林市日向町2003
竣工年:2000年

このあたり一体が巨大な公園となっていて、その公園の中に美術館がある。
公園は市民に愛されているようで、春先の陽気な雰囲気に浮かれるように転げ遊び、あるいはようやく訪れた穏やかな気候をかみしめながら寝転がり本を読んでいる。一面をあおあおとした芝生で覆われた広場はやはりただそれだけで魅力的だと思う。
子供とキャッチボールをして、木陰で本を読み、犬と戯れて、気持ちよくなって大袈裟に大の字を作って寝転がる。空を眺める。何も考えなくてすむ場所は少なく、それだけに貴重な空間なように思えた。
そんなことを考えていると、そのうち美術館の設計の巧さがじんわりわかってくる。
最初の印象は、綺麗で普通。それは平凡で繊細なものに贈る最大限の賛辞である。とても痛烈で、よもすれば設計者の存在すら否定しているように思えてくるこの言葉は、それゆえに最も設計者が嫌う言葉ではないだろうか。
もっとも、その言葉は自身を芸術家、デザイナーであると自認している場合であり、それはやはり大半の建築家に当てはまるだろう。
系統で例えれば谷口吉生氏の建築のようだとも思った。ようするにそれはモダニズム直系の現代建築で、インターナショナルスタイルの正統な後継者である建築家のそれだった。
こういった建築は普通なんとも言い難いものだ。モダニズムをさらに神経質に洗練させたようなミニマルな綺麗さは今更改めて取り上げるものではなくなったし、発想はすでに一般的な思考の範疇にある。第一工房は、タイルの目地にまで煩く感じているような病的なミニマリスムではないが、その徹底のなさが個性を没化させることを後押ししてしまっているのかもしれない。
最初の印象は決して悪くないものの、素晴らしいと言わせるのが難しいのがこの手の建築なのだ。

だが。
だが、私は、結局のところこの建築はすごくいいんじゃないかと感じてしまった。美術館を抜けて広場に戻ってきたときに。
それは最初に述べた、広場の素晴らしさである。その広場は建築によって作られた広場であった。

美術館は広場を中心にして扁平した円弧を描いている。
建物の円弧を引き継ぐように円に沿って流れる水とともにエントランスへとアプローチする。
カウンターで受付を済ませると、さらに円弧に沿って進んでいく。

ここから内部は広場の高さよりもたぶん1000mmほど床が掘られ、低いガラス張りの廊下になっていて、広場と逆側、つまり外側に長方形の平面を持った展示室等が配置されている。円弧の内側には三日月型の煉瓦で仕上げた別棟の展示空間があり、常設された展示物が並んでいる。通路を引き返して先ほどの円弧の廊下に入ると芝生の緑が自然に視界に飛び込んできて、それは目線が低くなっているために実際よりも広場が大きく雄大なものに映るようになっている。その細長い廊下には椅子が置いてあって、雄大な広場を眺めながらゆっくりと休むことができる。

一方通行の廊下の先が出口となっていて、そこから裏側、廊下を出て左側にある煉瓦作りの別館に行くことができる。右側はもちろん広場で、この建築の一番の見せ場といえる。そこからの景色はまるで上品な絵画のようで、数本の木と木製のベンチが計算されて置いてある。

ここまで歩いてみて、とても自然でいい建築だと思った。
美術館でありながら、すべては憩いの場である広場のために作られているようだった。空気が滞留し淀まないようにするために慎重に建築が配置されている。そこまで広くない広場だからこそ、空を広く見せて視線が遠くまでいくように建物の高さが抑えられ、ガラスによって圧迫感を消している。同時に内部では床を低くしたことで緑が視界いっぱいに広がり、明るく活気のある美術館に一役買っている。
展示空間の高さは抑えられないものの、広場の外側で空と同化する白で塗られていて、最低限、存在感を消す配慮が感じられる。
広場の中にある展示施設の配置と造形は理解に苦しむが、煉瓦の仕上げによって芝生の緑が強調されている点では納得することができた。
広場を生かすために建築のフォルムが出来上がってはいるが、けっして美術館が要求する空間を疎かにしているわけではない。展示空間に特筆すべき特徴はないが、ホワイトキューブをよしとするモダニズムの実践者であるならば、むしろそれは褒め言葉になるだろう。

広場全体が建物に囲まれているわけではないが、それでもここは建築の「間」によって作られた上質な広場に思えてならない。広場だけではここまでの居心地のよさは生み出せなかったはずである。ただだだっ広い広場など履いて腐るほどある。しかし何も無いことで視線が通るのと、建物がありながら視界が遠くまで広がっているのとでは得られる感覚がまったく違うことをこの建築は示している。
この広場は建築によってできた「間」によって生かされている空間なのである。建築単体でも広場だけでもない。けっして切り離すことができない空間。
しかし手口はため息が出るほど古く単純。
幾何学至上主義的で、モダニズムの果てのミニマル建築で、美術館。
だがそれが最大限生かされたときに得られる空間の質は、もはやモダンだとかなんだとか言った形式論は必要とせず、ただ、今もって感動することができるものであるのだということだろう。

このような丁寧で気持ちのよい空間を見せられたら、否定的な部分を改めて挙げてもあまり意味がないと思うので、褒めっぱなしのままで終わりたいのですが、個人的に第一工房には恨めしいエピソードが存在するので、一応つっこんでおくと(笑)。

常設展示室への動線の破綻。
つまりは必要面積を満足させられなかった不完全さ。
フォルムの古くささ。
ミュージアムショップを犠牲にした動線計画。

なんかは見所かもしれません。

↑そんな見所を含めて広場の良さを味わいに天気のいい日に訪れてみてください。そしてクリックもお願いされてみてください(笑)。


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.2006.07.26
COMMENT

実は以前に群馬県立近代美術館(磯崎新氏設計)を見学したことがありまして、そのエントランスホールの片隅に、この建築の計画時の模型がありました。「次は第一工房なのかー」っと思ったことでした。

素敵な建築と素敵な写真と、熱の入ったテキストで、いきなりこの美術館に行きたくなりました。

とも  2006.07.29

ともさんこんにちは!
いつ更新するともわからないこのブログをいつも丁寧に読んでいただいてほんとに感謝です。
この建築は、好きな建築にはならないかもしれませんが、好きな場所というか気持ちのいい公園としてみなさんの中にもランクインするんじゃないかなぁなんて思ってみたりしています。
私の場合、群馬県立近代美術館が改装中で閉館していたために代わりに急遽行くことになったんで、ほとんど期待していかなかったのが好印象につながったのかもしれません。
まあ、機会があれば是非。

zubora  2006.08.01


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