「青春18切符」


電車は続くよどこまでだ

電車の旅のよさを考えてみる。

玄関を出たときの、なぜかわからないが澄んだ空気の感覚。
気だるそうに、そしてまばらに走る自動車。
横断歩道の信号の、鮮やかさ。
眠りから覚めきっていない駅舎。
ホームに滑り込んでくるいつもの電車に感じるもの。
いつもの通勤電車が特別な役割を担う。
なにも変わらない日常の様々な環境が特別になるということ。
それはとても幸せなことのように感じる。
高揚感というか、幸福感というか、とても心地がいい。


建築を環境というのであれば、そこにある環境は、そのとき、どんな眺めだろうか。
僕らはそこに、何かを単体で感じる何かを、探り当てる必要性があるんだろうか。
目に見えるスピードで今を更新し続けることは、資本主義社会の事実上の目的ともいえる剰余価値を求めていることと等価と言っては言いすぎだろうか。

仕事をもらうこと。仕事を与えること。
証を刻むこと。「新しい」ものにつくりかえていくこと。
稼ぐこと。

だけど、本当に等価であれば人はきっと荒むことになる。
そうなんだけど、だけど、日本という土壌は、そろそろそれが可能なんじゃないかと。
何をどうするのか、何がそろそろ可能なんだっていわれても、よくわからないんだけど。
しないこと。
それでいて、ちゃんと、していること、とでも言えばいいのか・・・。

それが、
なんか、日本って、そろそろ可能なんじゃねぇか?


・・・。
不可能で不可解な発言ですかね。いやはや。


電車のことを書こうと思ったら、そんなことを思ってしまった今日でした。


ちゃんちゃん。




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.2008.09.04
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