【群馬県立館林美術館02】(2000)

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設計:第一工房
所在地:群馬県館林市日向町2003
竣工年:2000年

何年ぶりになるのだろうと思いながらエントランスへと続く石貼りのアプローチを歩く。この美術館は円形の広場を囲うように、三日月状に円弧を描いているようにみえる。円弧の先端をアプローチ、逆側はアネックスへと続く出口となっていて、アプローチに沿うように水盤で満たされている。その水盤は緩やかに下りながら近くの川へと流れ出る。
建物の円弧と川とで囲まれた広場には健康的な芝が敷き詰められ、しっかりと管理された芝が風になびく風景は水盤同様、自然の気持ちよさを感じるのに十分な役割を果たしており、純粋に気持ちがいい場所だ。

4年ぶりかなぁ。

一緒に来ている友人が隣で呟いた。僕はその年月の長さにほんの少しだけ驚かされる。
何より4年経っても隣にいるのが相変わらずお前か、というこっちのほうがよっぽど驚くべき事実については深くは考えないようにしながら、久しぶりだな、と僕も呟く。
「久しぶりだけど、昔と変わってないのがいいよ」
「そ?昔のときより人がいないじゃん」
「今日はたまたま会社を休んだだけで、平日だからな」
「なるほど、だからかあ」と友人は本気とも冗談ともとれない発言をしている。
深入りしたくない僕は、くらだらない会話もそこそこに切り上げ、中へと進んで行った。

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展示品を見ている時間というのは自分自身との対話の時間だと思う。何を感じとるか、どう思ったかと自分と対話するように作品と向き合っていく。さすがにここでは僕たちも思い思いの速度で無言で過ごしている。ただ、いかんせん展示物そのものには今も昔もさほど興味のない、ごく健全な建築少年である僕らである。自分との対話もそこそこに、あっという間に展示品の前を駆け抜けて、入り口とは反対側の円弧の先から広場へと抜けて、まるで室内の空気が薄かったかのように外の空気を思い切り吸い込んだ。
「やっぱりこの美術館いいよな」と隣で大げさに深呼吸を繰り返す友人に向かって僕が言うと、
「美術館がいいんじゃなくて、ここの空間はいいでしょー。美術館というくくり方はおかしいんじゃない?そもそも美術作品になんにも興味を持っていなかったじゃないの」
小走りに近い僕を颯爽と追い越して消えていったあんたに言われたくはないのだが。
「美術館だから、この雰囲気が保たれているんだろ。だから美術館であることが、ここの雰囲気を作る前提条件じゃないか」
友人は、ふふーん、と大げさに鼻から息を吐き出して、
「この建物が美術館でもショッピングセンターでも大型スーパーでもフードコートでもこの広場の扱いはかわんないんじゃないかなぁと僕は思うよ」
「そんなことはないだろ。美術館だからこそできる空間だ」
「美術館を作ろうとしたからできた、でしょ。そりゃスーパー作ろうとしてこの空間はできないけどねぇ」
「そうだろう」
「でもさ、できてしまえば、この空間の質を担保しているのは美術館という機能だけではないと思うんだけどね。違う?」
「要するになんだ」
「要するに?要するにね、このすごく気持ちのいい空間は美術館だからこそできたんだろうけど。でも、できてしまえば、建物自体がどう使われていたって地元の利用者にとっては、大きな違いはないんじゃないかと思うだよね。いやさ、もちろん運営やメンテナンスの問題は置いておいたとして、だけど。地元民からしてみればさ、家族みんなでかしこまってお金を払わなくちゃいけない美術館なんかより、スーパーにでもなってくれていた方がいいと思わない?例えばママが買い物している間、パパがゆっくり芝生の上に寝転んでお昼寝してるの。そんな場所。僕がパパなら最高だなあ。ここに寝転んでゴロゴロとどこまでも転がっていきたいくらい」
友人は言いながら、早くも本当に寝転がり始める。
「そうだな。どこまでも行けばいいだろう。それ転がしてやろう」
僕は芝生の中に体を沈めて寝る友人の背中を軽く蹴って転がす。
「おいっ、やめてっ、そっちは水盤!おいっ、わぁ」
だははははは。僕は笑いながら、さらに友人を蹴り続けた。
「わぁ、ずばり言い負かされたからって、わぁ、暴力に出るのは、いけない」
「負かされたつもりはないよ」
考えが間違っているとも言えないのかな、とは思うけど。
「ほれ、いつまでも転がっているな」
友人に手を差し伸ばし起きあがるのを手伝う。
「ちくしょう、誰のせいですか。それにあと二転がりくらいで本当に落ちるところだった」
「いや、汚いものを落とすと美術館に悪い」
「気にするところそっち?負けたからって」
まあな、と笑いながら頷き、彼の体中についた草をほろい落とすのを手伝う。
「確かに、ひとつの考え方としては、あるんじゃないかと思うけど。ただ計画者に向かっては少し横暴だよ」
少し頭を整理しながら言葉をつなぐ。
「この敷地の可能性を作り上げたのは美術館だったとしても、実際に使われ始めたときからその可能性を閉ざしている要因が美術館という機能だった、というのは可能性としてはあると、おれも思うんだ」
「ね。美術館を媒体にしてここにしかできない空間を作ったっていうことがこの美術館の成功したとこでさ」
「そうだな。だけど、美術館だからこそ俗物にならずにこの空間の本当の気持ちよさを保ち続けていってるってことも言えるだろ?」
「この美術館が美術館であり続けることが、目的になってるて言ってるよ」
「それでいいんじゃないか。この気持ちよさは何に変えても守るべきもののひとつだよ。きっと」
「もっとよくすることだってできるでしょ。それには美術館という機能が実は一番足枷になってたりするんじゃないかなあ。僕は断然、駐車場のないスーパーがいい」
「いろいろと成り立ちません」
「頭が固いなぁ...」
「頭の固さの問題じゃないだろ」

美術館であることの意味を弁護することはできない。もっと言えば、計画時の目的があったとしても変化する状況に当初の目的を保護していくことというのは、当事者意外にとっては意味をもたない。だとすると建築と機能の関係が切ってもきれない対の関係であり、唯一で無二の関係というのは計画者のエゴであり、幻想なのか。
もちろん、そういう建築だってあるだろう。専門性の高い、特化した建築は、こいつの言っている話は当てはまらない。だが土地の可能性を探求し、人との関係を豊かにつないでいこうと真摯に向き合って生まれた空間ほど、機能なんてどうでもいいのかもしれない。最終的に残るのは、結局のところ、人と人、人と土地の関わりなんだし。

「おーい、またぼーっと考え込んでないで、昼、食いに行こう?」
「わかったよ。そろそろ行くか」
「わぁい」

友人は駐車場のある方へと振り向き、楽しそうに歩いていく。僕はその背中に向かって声をかける。
「それでさ、結局、お前ここ好きなの?嫌いなの?」
「え?」
友人は振り向き、考えた素振りを一瞬見せたあと、
「学生の時と変わらないでくれていて嬉しいよね。また来ようね」
「...どっちだよ」

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.2011.05.01
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